Firefly 0.1.2

PHP製コンソールアプリケーション作成用サンドボックス(?) Firefly 0.1.2をリリースしました。

github.com

バージョンが下がってることを気にしたら負け。

何が変わったか

  • Packagistに登録した
    • $ composer create-project zeriyoshi/fireflyでプロジェクト作成できるようになりました。
  • 運用に耐えられるものにした
    • アプリケーション名の変更ができるように
    • バージョンの変更ができるように
  • いろいろリファクタリングした
    • 適当に作っていた部分をある程度まともなように修正,名前空間の取扱をより厳密になど
    • コマンド作成オプションはあるのに削除オプションはなかったので追加したり
    • 引数を必須とするコマンドで編集,削除オプションが動かないの直したり
    • マネージ系のコマンドをfireflyコマンド名前空間に移したり

今後の課題

  • README.mdの修正だけでマイナーバージョン上げるの馬鹿らしすぎる
    • マニュアルを別に作るようにしたほうが良い,絶対
  • どうせだしDIコンテナ使えると便利そう。figurare-retroscenaをPHP5.x対応させて使おうか...?
    • いやここまでLaravelとの相互運用性重視してるならもうilluminate/containerでいいのでは...

Firefly 1.0.0

PHP用コンソールアプリケーション作成用プラットフォームFirefly 1.0.0を公開しました。

github.com

これは何

上のサイト見て頂けるとありがたいです。

composer create-project対応しないの?

まだPackagistに登録してません。

なんでこんなもの作ったの

仕事で使いたかったから

なんでブログサボってたの

仕事で使いたかったから

Firefly 1.0.0

PHP用コンソールアプリケーション作成用プラットフォームFirefly 1.0.0を公開しました。

github.com

これは何

上のサイト見て頂けるとありがたいです。

composer create-project対応しないの?

まだPackagistに登録してません。

なんでこんなもの作ったの

仕事で使いたかったから

なんでブログサボってたの

仕事で使いたかったから

日記 : ごはんとパンのどっちが食べたいのさ

例えがうまく理解してもらえなかったのでその補足になるかもしれない駄文です。 最低3日に1回のペースで書くってなかなか難しい気がする。

「楽しい」は一つじゃない

何かについて「楽しい」と一言で言っても,それが表す内容は全くかけ離れたものであることは珍しくない。

例えば,仕事をしていての「楽しい」と好きなゲームをしていての「楽しい」が同じかと聞かれて同じだと答える人はあまりいないだろう。

これはその「楽しい」ことで満たされるものが違うからではないだろうか。

「楽しい」の分類

個人的な「楽しい」の例としては次のようなものが挙げられる。

  • 新たなものに触れ,刺激を受けた
  • 対象に対する理解を深め,知識欲が満たされた
  • 対象に深く共感し,孤独感が薄れた
  • くだらないことで盛り上がり,笑顔になった

上2つはどちらかと言うと硬い印象で,下2つはどちらかと言うと柔らかい印象を受ける。

これらは同じ「楽しい」であっても方向性が異なり,硬い「楽しい」が充実していても,柔らかい「楽しい」が不足しているとそれはそれで満たされないのである。

先輩や上司と飲みに行くのは楽しい,けど,その「楽しい」だけじゃ満たされないので,気がつくと別の「楽しい」を求めることになる。

ごはんとパンの関係

この「楽しい」の関係は,ごはんが食べたいなと思っている時にパンを出されても満たされない感じがあるのと似ている。

他に例えるなら焼きそばとカップ焼きそばとか味噌汁とコーンスープとかそんな感じだろうか。

ごはんばっかり食べてるとごはんが嫌いになるよ

硬い「楽しい」がごはんであり,柔らかい「楽しい」がパンであるように,どちらか一方ばかりの「楽しい」を摂取していると飽きがきて苦痛になる場合がある。

なので,「楽しい」もその方向性を考えた上で,適切な「楽しい」を選んでいく必要があるのではないかと思った。

蛇足

実際のところは知らないけれど,もしかすると「楽しい」の方向性は3つ以上あるのかもしれない。でも,自分がそれを知ることはきっとこれからも無いのだろう。

日記 : そして"キモくて金のないおっさん"はナルシストになった

「キモくて金のないおっさん」問題

容姿・言動が気持ち悪く貧乏で家庭を持たない冴えない中高年,所謂キモくて金のないおっさん,数年前からその言葉をよく耳にするようになった。

news.careerconnection.jp

過去に様々な箇所で話題となり,Webメディアを中心に幾度となく取り上げられてきた。

今もなお何か社会問題が起きるたびにこの「キモくて金のないおっさん」が引き合いに出されることが多い。

そんな"キモくて金のないおっさん"(以下キモおさ)はどういう経緯を持って生まれるのか,そしてどう生きていくのか。

孤独死も視野に入るようになってきたキモくて金のないおっさん予備軍の自分が考えてみる。

絶望的なまでの"経験・成功体験"の欠如

学業,仕事,人間関係...

様々な経験や成功体験は何よりもその人をその人たらしめているものであり,人としてのアイデンティティを確立するものである。

これらは人と関わっていく上で非常に重要だ。あなたはなんの取り柄もなく話もつまらない人とわざわざ食事に行ったり遊んだりするだろうか。

大半のキモおさは,壊滅的にこの経験・成功体験が不足,または欠如している。

アイデンティティの喪失と負のスパイラル

前述の通り,キモおさは往々にして人としてのアイデンティティを確立できていない。

晴れて(?)ぼっちとなったキモおさだが,キモおさを含め,多くの人は一人では生きていけない。

キモおさだって仲間がほしい!である。

実は,キモおさの大半は心の何処かで自身のアイデンティティが確立できていないことに気づいている。

そして誰よりも自分が人を楽しませることができないことを理解している。

だからこそキモおさは自ら人と関わることを避け,前にも増して様々な経験から遠ざかっていく。そして,より孤独の深みへと嵌っていく。

矛盾と崩壊 そしてナルシストへ

しかし何度も言うように,人は一人では生きていけない。孤独に生きるキモおさにもいつか限界が訪れ,人との接点を求め始める。

ただ残念なことに,キモおさはその経験不足故に人との距離感をうまく掴めない。せいぜい知り合いくらいにはなれても,友人・親友になることはできないのだ。

追い詰められたキモおさの行く末はどこか... それはナルシズムへの目覚めである。

「キモくて金のないナルシスト」

成功体験の欠如から,常に劣等感に悩まされるキモおさ。その劣等感から来ていた謙虚さは,いつの間にか真面目で誠実な自分を演出するための道具へと変貌していく。

そうしてキモおさは耐え難い孤独の末,ナルシズムという負のアイデンティティを手に入れる。具体的に言うと,こんな日記を書いたりする。

物語もここまでくれば終盤。晴れてキモくて金のないナルシストになったキモおさは,今日もまた何も変わらない寂しげな日常を過ごしていく。

誰にも悲しまれない孤独死を目指して。

バズった「キモおさ」に未来はあるのか

今まで存在してこそはいたものの全く注目されてこなかったキモおさ。そんなキモおさもそのセンシティブかつ話題性のあるネーミングから比較的大きなトピックになった。

キモおさはこれをきっかけに打開策を見つけることができるのだろうか。

個人的には,多分ムリだと思う。なんたって,だからキモくて金のないおっさんなんだから。

最後に

こんなことを書いては居るが,自分はまだキモくて金のないおっさん予備軍を抜け出すことを諦めていない。

そして何かの拍子にこの記事を読んだキモくて金のないおっさん(OR 予備軍)にも諦めてほしくはない。

お金がないのはどうにもならないかもしれないけれど,きっと楽しく生きる方法はあるはずだ。

日記 : 「はたらくって青春だ。」がマジだと結構キツいよ

大体3日くらいいろいろ考えて日記書いてたけどまとまらなかったので適当な言葉でお茶を濁すやつ

少なくとも3日に1個くらいは書きたい

日記 : 人との距離感と境界線 あと秋ですね

頭の中で考え答えが出ないまま終わってしまうことを繰り返していても効率が悪いので 何か考えたときには前回のように日記を残すようにしてみる試み

人との距離感と境界線

人との距離感

人として社会で生きていく以上,他人と最低限のコミュニケーションを取らなければならないのは誰もが知っていることだと思います。

とはいえその内容は対象相手によってそれぞれ違って,単なる上司や同僚とのそれと友人や家族とのそれでは全く別のものになるでしょう。

前の日記にも書いた通り,自分はこういうような人との距離感がうまくつかめていません。

故に「妙に馴れ馴れしいな」と思われたり「妙に余所余所しいな」と思われることが多く(気がする),それらはだいたい次の2通りに分類されます。

妙に馴れ馴れしい パターン

「なんとか楽しい雰囲気を作ろう」とするのだが,結果はただのイキり野郎

出来もしないのにジョークとか言おうとする。その日の夜はお布団で反省会です。

妙に余所余所しい パターン

前述の反省会後に「イキるのが怖い」とか「あの人の踏み入って良い境界線がわからないから怖くて話しかけられない」パターン

簡単に例えると「目の前に居るのにTwitterで会話してる」みたいな

本来のコミュ障が存分に発揮されている。その日の夜はお布団で反省会です。

毎日布団反省会をしなくてすむように

毎日反省会をしていたら気が持たないどころか,「反省」に対して慣れが生まれてしまい意味をなさなくなってしまうのでやめたいところ。

うーんどうしよう…

秋ですね

話は変わって秋ですね。夜は少し肌寒い日も多くなってきました。

ふと「いつかは一人で地元に帰って親の面倒を見るのかな」など思い,少しさびしくなりました。

先週は気温も低く,ちょっと落ち込むことがあり気晴らしのため天王洲アイルあたりまで一人で散歩してきたのですが,結果として失敗だった気がします。 この件についてはまとまり次第また日記にでもしようかなと思っています。